これまで、英語の壁や、日本で身につけた「当たり前」が海外では強みになるという話を書いてきました。でも、25年以上会社を続けてきた中で、もちろん順風満帆だったわけではありません。正直に言うと、僕を苦しめてきたのは英語だけではありませんでした。今回は、心が折れそうになった瞬間と、それでも続けてこられた理由について書いてみます。
250万円と留学生の涙
起業して2年目のこと。うちは事業の柱の一つとして留学エージェントをやっており、日本のある留学エージェントと提携しました。ところが、ある時そのエージェントが倒産したんです。留学生たちはすでに留学費用を支払ったのに、そのお金はニュージーランドの学校には渡っていないという状態でした。お金を払ったのに、学校には未払い。そんな状態の留学生が、目の前で泣いていました。3人も。
本来、うちは提携先が倒産したからといって責任を負う立場ではありません。学校に事情を説明しても、無料で受け入れてくれるはずもありません。それでも、泣いている留学生たちを見ていられませんでした。結局、うちで肩代わりして支払うことにしました。金額にして合計250万円。会社にとっては大打撃で、スタッフには「給料の支払いを1ヶ月待ってほしい」と頭を下げるしかありませんでした。
会社の体力がなくなれば、ビジネスはどんどん縮小していく。頭の中では「男気だけでビジネスはうまくいかない」とわかっていました。それでもそのとき、一人のスタッフがこう言ってくれました。
「私はテリーさんについていきます。そして私がこの失ったお金を稼ぎます」
本気で泣きました。あの言葉がなかったら、あのあとどうなっていたかわかりません。
今振り返れば、スタッフの生活もある中で給与の支払いを待ってもらうという判断は、決して褒められるものではなかったと思います。それくらい、当時の会社には余裕がありませんでした。たまたまスタッフが支えてくれましたが、本来は私がスタッフを支えないといけない立場。大いに反省しました。
泣きっ面に蜂、それでも辞めなかった理由
実は、この留学生への肩代わりとほぼ同じ時期に、僕自身も詐欺に遭い、3万NZドル、日本で約300万円を持っていかれました。この件は正直、今まですっかり忘れていたのに、こうして思い出すと今でも腹が立ちます。それくらいの傷でした。
相手は、オフィスの隣に入っていた会社の社長でした。「予定していた売り上げの入金が遅くなり家賃などの支払いがショートしそうなので、3ヶ月間でいいので300万円を貸して欲しい。3ヶ月後には利息と御礼をつけて返金するから」と涙ながらにお願いされたのです。先の留学生の件もあって、うちも少しでも売り上げが欲しいところだったので、3ヶ月で利息もらえるならと考えて、保証人をつけてもらって借用書を作ってもらいました。
しかし、予定日になっても返金されず、オフィスに行ったらもぬけの殻。社長にも保証人にも連絡がつかず、その段階になって逃げられたことに気がつきました。探偵を雇って保証人を探してもらいましたが見つけられない。弁護士に相談したら「おそらく争っても逃げられるだけで、損失がさらに大きくなる可能性があるから、諦めた方がいい」ということで、涙を飲みました。
大きなお金を二重に失って、正直「もう会社を辞めよう」と何度も頭をよぎりました。それでも辞めなかった理由を一言で言えば、「意地」です。初期費用をかけて始めた事業です。当時の僕は、「ここで辞めたら負けだ」と思っていました。辞めなければ、いつか取り返せる。今振り返れば、経営判断として正しかったかどうかはわかりません。でも当時の僕には、そう思うことでしか前に進めなかったのです。
その後も事業をしていれば色んなことがありました。大きなところだと、2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって国境が封鎖され、留学生がゼロになった時期もありました。この時も正直かなり危なかったです。ただ、留学エージェント事業はうちが抱えるいくつかの事業のうちの一つに過ぎないので、他の事業が持ちこたえてくれたおかげで、なんとか倒産を免れることができました。一つの事業に頼りきらなかったことが、結果的に会社を救ってくれた形です。
あの頃の自分に、今かける言葉
もし、あの一番しんどかった時期の自分に声をかけられるとしたら、僕はこう言いたい。
「出ていったお金のことはもう忘れろ。それ以上稼げばいい」
たぶん、当時の自分も、同じことを言い聞かせていたと思います。失ったものを数えても、何も戻ってはこないですよね。だったら、前を向いて稼ぐしかありません。
大きなお金を二度も失っても、当時の僕は「辞めなければ負けじゃない」と自分に言い聞かせていました。25年間、僕を支えてきたのは、才能でも器用さでもなく、ただの「意地」だったのかもしれません。もちろん今なら、「何が何でも続ければいい」とは思いません。撤退した方がいい事業もあるし、方向転換した方がいいこともあります。
それでも、あの頃の僕に必要だったのは、きっと「意地」でした。
出ていったお金のことはもう忘れろ。それ以上稼げばいい。
そんな単純な考え方で前を向き続けた結果、気がつけば25年以上が経っていました。
経営に必要なものはいろいろあります。でも最後の最後に自分を支えてくれるのは、案外、こういう理屈では説明できないものなのかもしれません。
海外で何かやってみたい、日本にいながら海外を相手に仕事をしてみたい、海外移住や起業を考えている。でも「自分の場合は何ができるんだろう?」「英語ができないのにいいのかな?」と思っている方は、お気軽にご相談ください。
テリー野澤:terry@nzdaisuki.com
テリー野澤
大学卒業後、新卒で日本のコンピュータメーカーに就職。金融系システムエンジニアとしてプログラマー、上流エンジニア、ブリッジSE、顧客サポート業務を歴任して退職。
その後、ニュージーランドに渡航して起業。ニュージーランドの日本人コミュニティ基盤をオンラインで構築して運営している。そのNZDAISUKI.COMは、ニュージーランド国内の日本人向け最大のコミュニティサイトとなっている。
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