第10回 海外では、日本の肩書きが通用しない?
日本では、「〜〜会社の部長です」「〜〜大学を出ました」「〜〜業界で20年働いています」と言えば、ある程度その人のことを説明できます。
テリー野澤が日本を飛び出し、海外で仕事をしてきて感じたこと。それは、「日本の外に目を向けると、人生や仕事の選択肢はもっと広がる」ということでした。2001年からニュージーランドで暮らしてみて、そのリアルな生活、ビジネス、仲間そしてコミュニティのあり方などを綴ります。
テリー野澤
大学卒業後、新卒で日本のコンピュータメーカーに就職。金融系システムエンジニアとしてプログラマー、上流エンジニア、ブリッジSE、顧客サポート業務を歴任して退職。
その後、ニュージーランドに渡航して起業。ニュージーランドの日本人コミュニティ基盤をオンラインで構築して運営している。そのNZDAISUKI.COMは、ニュージーランド国内の日本人向け最大のコミュニティサイトとなっている。
LINE:https://lin.ee/9dVD1au
日本では、「〜〜会社の部長です」「〜〜大学を出ました」「〜〜業界で20年働いています」と言えば、ある程度その人のことを説明できます。
第2回で書いたとおり、僕はいまだに英会話が苦手です。第3回では、職場で私語を「しなかった」のではなく「できなかった」という話もしました(笑)。
これまで読んでもらっている読者に僕自身、NZへ渡ったときに英語が突然できるようになったわけでも、仕事が約束されていたわけでも、もちろん起業が約束されていたわけでもないということはお分かりかと思います。
僕は最初から「複数の事業を持とう」と計画していたわけではありません。人から頼まれて引き継いだ事業もあれば、「これ面白そうだな」と始めたものもありました。
これまで、英語の壁や、日本で身につけた「当たり前」が海外では強みになるという話を書いてきました。でも、25年以上会社を続けてきた中で、もちろん順風満帆だったわけではありません。正直に言うと、僕を苦しめてきたのは英語だけではありませんでした。今回は、心が折れそうになった瞬間と、それでも続けてこられた理由について書いてみます。
第1回では「なぜ僕は海外に出たのか」、第2回では「英語ができなくても仕事はできるのか」という話を書いてきました。今回は少し視点を変えて、「日本人として当たり前にやってきたことが、海外ではどう見られているのか」について書いてみます。